We shall overcome- 沖縄と世界史-

琉球大学西洋近現代史(池上大祐)の教育・研究活動ブログです。アメリカと太平洋島嶼地域との関係について、(脱)・(新)・(核の)植民地主義の観点から研究しています。また、沖縄で西洋史・世界史を学ぶ意義・方法について歴史教育実践を通じて追求していく予定です。なお本ブログの記事は、あくまでわたくし個人の意見であり、所属先の方針や考えを代表するものではありません。

2019年度西洋近現代史ゼミのスタート!

今日から2019年度のゼミがスタートしました!

早速4年生には、洋書の収集状況について簡潔に報告してもらいました。英語論文の他、研究対象とする時期当時(1920年代のハワイ)の新聞資料も懸命に読み進めているようで、日本語の新聞とはいえ、一次史料(厳密には同時代資料)を読み解くのはとても大切です。進捗が楽しみです。

 

3年生(第6期メンバー)は2名加入しました(うち1名はすでに中核的メンバーとして2018年度の共同研究で獅子奮迅の活躍をしてくれました)。それぞれ、ジェンダー史(対象はイギリスかアメリカ)、教育とユダヤ(教/人/社会?)との関係について関心があるとのこと。今後、具体的にテーマを絞っていきます。

 

また、今年は中国からの研究生を初めて受け入れました。今のところ、アメリカの外交政策と沖縄との関係について関心があり、院進学も希望しています。中国の大学では日本語専攻だったことから、歴史学の基礎から鍛えていく必要がありますが、日本での生活が初めてであることや、まだ日本語会話力も十分ではないことから、まずは日本での生活に慣れてもらえればと思います。熱心な学生なので、ゼミ活動を通して色々吸収して欲しいですね。

 

そして、今年も共同研究「沖縄のなかの世界史発掘プロジェクト」をやります。ゼミ人数次第で、できる/できない、もあるのですが、どういうテーマを見つけてきてくれるか楽しみです!

 

いろいろ買っちった…。

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来週から講義がスタート。ジュンク堂に行くとついつい買ってしまいますね…。

今年の共通教育科目「西洋の歴史と文化」は例年の西洋近代現代史通史から変えて、アメリカ史(テーマ史)を行います。米領島嶼地域も視野に入れた構成にし、理解が深まるような問いを考えて、ディスカッションも積極的に取り入れたいと思います。

歴史学の専門科目「西洋史史料講読ⅴ」では、昨年に引き続き、アフリカン・アメリカン反核運動についての英語文献第4章の翻訳を行います。いよいよキング牧師が登場します。

あとは、1年次の基礎演習、教職志望者のための応用演習、いくつかのオムニバス授業(平和論、メディアと英語)への出向もあって、いろいろバタバタ…。

大学院の講義「西洋史学特論Ⅱ」では、ドイツ現代史専攻のゼミ生の研究テーマ(ヴァイマル期の青年保守派について)に関連させて、世代論、「1968年(1960年代)」の意味、保守主義の系譜などを扱ってみるつもりです。

 

…校務関連、学会運営の仕事も次々と増える一方ですが、共同研究のようなクリエイティブな話を頂くと、やはりワクワクします。前学期、なんとか乗り切っていきたいと思います!

 

奪われた野にも春は来るか

先日20日、4年次生を無事送り出しました。

恒例の『西洋史ゼミ論集』第4号とネーム入り万年筆をゼミ卒業生へ。逆に卒業生からも、ネーム入りボールペンをいただきました。日頃から「書く」ということから目を背けなかった彼ららしい贈り物で、大切に使いたいと思います!

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ゼミ卒業生のうち、1名は就職、2名は大学院進学(北大と琉大)、3名は公務員・教採試験再トライという進路です。夢半ば、今後も頑張ってほしいと思います。

                            ☆

ちなみに「春」という言葉を辞書で引くと、いろんな意味があります。冬と夏の間、青年期、人生の最盛期、色事などなど。加えて『大辞泉』には「苦しく辛い時期を乗り越えた楽しい時期」という意味もありました。「諸国民の春」、「プラハの春」、「アラブの春」のような歴史用語もこの意味でしょう。「新しいことのはじまり」という意味が春には込められていることがわかります。

 

しかし、2011年の春は、多くの土地や命を絶望的なまでに奪っていきました。被災した福島の様子を収録した写真集を出版した鄭周河さんは、その表題を以下のようにしました。

 

『奪われた野にも春はくるか』

 

これは、日本統治によって土地が奪われたことを嘆く詩を1920年代に作っていた抵抗詩人・李相和の表現を鄭さんがそのまま使ったもので、どこに「苦痛の連帯」を見出そうとしたそうです。こうしてみれば、沖縄もまた「奪われた野」であり、ずっと春を待たされているのかもしれない。

 

だからこそ、沖縄で西洋史を学んだことの意味を卒業後にも考え続けて、他者の苦痛や悲しみを共有しながら、卒業生それぞれの「春」を見出して欲しいと思っています…ということを、論集の巻末や謝恩会でのスピーチで卒業生に伝えました!

 

このような挨拶にしようと思ったきっかけは、『舟を編む』という物語に触れたことです。やはり、言葉って大事ですね。

 

 

 

グアム大学への行き方(ローカルバスを使う)

現在、グアムに出張中です。グアム大学ミクロネシア地域研究センターでの史料調査、史跡巡検、研究者との交流をコツコツと進めています。明日は、戦跡ガイドツアーに参加する予定です。

 

さて、今回はグアム大学への行き方についてご紹介します。タクシーやレンタカーを使わずに行くためには、地元ローカルバス(Guam Regional Transportation Authorities) を乗り継ぐ必要がありますが、その情報は、日本語の旅行ガイドには一切出て来ません。おそらく、観光客の利用を避けるためなのかもしれません(観光用バスより安いので)。実際、乗客は地元の方々のみで、私のように観光客っぽいアジア人が乗るのは、私自身ほかに見たことがありません。したがって、この記事は決して観光客の利用を促進する目的ではなく、学術的な目的でグアム大学に行く必要がある方に向けたものであることをご理解ください。

 

まずは、「JPスーパーストア」というお土産屋の前から、午前7時56分の”Blue Line Express”の便に乗ります。ちなみに、ここにはバス停の印は一切ありません。

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ここから、約30分かけて、ハガニアのバス乗り継ぎ地点に向かいます。それがここです。奥には、ハガニアショッピングモールがあります。

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ちなみにバスはこんな感じです(新しい車体)。

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ここで1時間、のんびり待って、9時30分発のグアム大学を経由する“Red Line”に乗ります。あちこちと立ち寄るので、グアム大学に到着するのは、約一時間後の10時30分ごろです。合計、二時間半かかります…。 

 

帰りは、グアム大学構内のフィールドハウス前がバス停になっているので、午後3時56分の便に乗りました(この後には、あと二本くらい便がありました)。

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そして30分後の午後4時半ごろに、ハガニア乗り継ぎ地点へと戻ることできます。なお、ローカルバスは巡回ルートになっているので、上り、下りの概念はありません。

 

ハガニア到着後は、ハガニアショッピングセンターに移動して、観光用バス「赤いシャトル」を駆使して、ホテルに戻ることになります。まずは、「ショッピングモールシャトル」に乗って、ハガニアショッピングセンター→GPO(グアムプレミアアウトレット)へ。ここから、「タモンシャトル北廻り」に乗りかえて、タモンホテル地区を北上して、JPスーパーストア前で降りる、という流れです。もちろん、ハガニアで1時間待てば、朝に乗った“Blue Line Express”に乗っても戻れるのですが、極力観光用バスを使うようにしています。安いからといって、地元の生活手段に土足で入り込むことはやはり控えるべきではないのか、というのが今の私の考え方です。

 

ちなみに、ローカルバスは、どこで降りても一律1ドル50セント(昨年より50セント値上がりしてました)。観光用バスは4ドル(1日乗車券は12ドル)。

 

まあ、左ハンドルを苦にしない方は正直、レンタカーをお勧めしますけどね。わたしにはまだその勇気がなくて…。

 

 

 

2018年度 西洋史研究報告会、無事終了!

ここ三日間、こんな行事をやってました。

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4年次は卒論発表、3年次は卒論中間報告、2年次は関心あるテーマの紹介、という内容。特に4年次は報告1時間、質疑1時間とってみっちり議論!疲労しつつも、色々な議論ができたと思います。

加えて、ゼミで進めている共同研究の中間報告も行いました。「久松五勇士」がどう顕彰されてきたか、またどう批判されてきたかのかを整理し、電信網整備という要素とも絡めながら地域と世界史をつなぐというもので、よくまとまっていました。大変だったと思いますが、半年間の成果が見え始めました。

今年は人数の多い2年次にも現時点で関心あるテーマ(ベトナム反戦運動、北米アイルランド移民、アメリカ教育史、ヒップホップの歴史、レズビアンの歴史、ユダヤ人と教育)を紹介してもらいました。これから膨大な文献や資料の「海」に入り込むことになりますので、彼らなりの「舟」を編んでもらって、溺れることなく泳ぎ切ってほしいと思います。

合宿形式でやれればなぁと思いつつも、集中講義や各種講座と重なることもあるようで、柔軟に出入りができるように大学での開催としました。これが一番いいのかな。

そして最後に打ち上げ。色々あるようで全員は揃いませんでしたが、有志で飲みました。お疲れ様でした!

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後期のゼミが終了!

新年最初の記事になります。

あっという間に過ぎ去って行こうとする1月。先日卒業論文の提出日を迎え、力作が集まりました。2月20日〜22日には、毎日朝から夕方まで西洋史研究報告会を開催します。4年次は報告1時間、質疑1時間のデスマッチ?です!「過ぎ去ろうとしない」卒論と今しばらく向き合ってもらえればと思います。

 

そして今日はゼミの最終回で、久松五勇士に関する共同研究の進捗状況について議論しました。資料や文献はかなり収集できていて、全体構成の骨組みはできてきました。あとは「肉付け」および「肉の削ぎ落とし」ですね。予定の3月10日の琉球沖縄歴史学会例会企画「若手報告会」にエントリーさせてもらう予定です。この成果は今後きちんと活字化していきます。

 

来週には来年ゼミに入る予定の2年次へのゼミオリエンテーションを行い、春季休業中にやっておくべき作業(文献リスト作り)を説明します。

 

西洋史/世界史を沖縄で考える意味を追い求めて、西洋史近現代史ゼミは走り続けます!

 

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(おまけー自宅のフロアマット)

 

 

 

2018年のゼミ活動を締めくくる

昨日で年内の講義やゼミが無事終わりました。

今年は、未発行[編集中]のものも含めて、以下の文章を書きました。

・論文2本: 上原専禄論、南太平洋非核地帯構想

・教科書(概説書): 日米安保について(一章分を担当)

・書評: 『核密約から沖縄問題へ』、『沖縄平和論のアジェンダ

・文献紹介: 『公文書問題の「闇」』

・授業実践: 沖縄のなかの世界史発掘プロジェクトについて、核兵器の現代史講義内容の紹介

・コラム: 歴評の「文化の窓」欄での、沖縄での歴史実践の紹介

 

二万字を超える「長距離走」が疎かになったので、来年は、中短距離走はちょっと控えたいなぁと思いつつ・・・(でも断れないんですよね)。

     ☆

4年次ゼミ生も、卒論の追い込み中(提出は来月半ば)。年末年始は卒論草稿のチェック期間。手元にある素材をきちんと活かすこと=カレーが無理なら肉じゃがにしよう、という発想で、乗り切って欲しいですね。ちなみに一人は、最北端の国立大学大学院に合格しました!

3年次も、個性豊かな着想で、卒論準備が進んでいます。2年次も加わっての、久松五勇士を素材とした共同研究も、「日露戦争史観」の歴史/系譜、海底ケーブル敷設、ウミンチュとしての「男らしさ」表彰など、掘り下げてみると面白そうです。

 

で、忘年会@ビストロ食堂へ。忙しい合間を縫って4年次、ゼミOG、中世史ゼミの学生も来てくれて、楽しく歓談できました!食事も美味しくボリュームもあってお気に入りのお店の一つです。

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まだ校務関係の仕事自体は残っているのですが、ま、ひと区切りですね!

 

さて今日から東京出張。歴史教育についての研究会に参加します。寒いかな。