We shall overcome ☆沖縄からのグローカルヒストリー☆

琉球大学西洋近現代史研究室を担当する池上大祐の教育・研究活動ブログです。アメリカと太平洋島嶼地域との関係について、(脱)・(新)・(核の)植民地主義の観点から研究しています。また、沖縄で西洋史やグローカルヒストリーを学ぶ意義・方法について歴史教育実践を通じて追求していく予定です。なお本ブログの記事は、あくまでわたくし個人の意見であり、所属先の方針や考えを代表するものではありません。

「宮古島のなかの世界史プロジェクト」始動!

先日のゼミから、新しいゼミメンバーを中心とした共同研究がスタートしました。テーマは、「宮古島のなかの世界史プロジェクト」として、旧上野村に設立されている「ドイツ文化村」をめぐる歴史を改めて掘り起こします。

 

1870年代に、宮古島民がドイツ難破船の船員を救助したことで、それにドイツ皇帝ヴィルヘルム1世が感謝の意をしめし、宮古島にそれを記念する石碑が建立されたとのこと。一時この歴史は忘却されていたものの、1930年代に、その石碑が再発見され、1936年には、ドイツと日本との交流を記念する行事が行われたという。そしてさらに下って1996年に、これらの歴史を顕彰するために「ドイツ文化村」が開設された、とのことです(ドイツ文化村のHPの説明を要約しました)。

 

19世紀末のドイツ商船の太平洋進出の状況はどうだったのか。1930年代の日独接近のなかで、「過去」がどのように「顕彰」(=美談化)されたのか。1990年代以降、宮古島の自治体・住民にとって「ドイツ文化村」とは何だったのか。様々な角度から分析できればと思っています。

 

まずは琉球大学の図書館にある関連文献を集め、読み込みを進めていきます。申請中の教育プロジェクト経費が採択されれば、それでメンバーで宮古島へGO!も可能です。しっかりと研究をまとめ、宮古島の教員・学芸員・市民の方々も含めた公開シンポも企画できればと考えています。

 

さて、わたくしも、せっかくなので、これを機にドイツ語の学習もせねば・・・。

 

 

 

 

 

最近参加した研究会情報

5月末から今日にかけて、以下のテーマの研究会および学会に参加しました。

・5月26日:ブーゲンヴィル島における第二次世界大戦の記憶(於琉球大学、国際沖縄研究所)

・5月28日~29日:軍事・社会空間の形成と変容[行政協定・沖縄・グアムについて](於明治大学歴史学研究会現代史部会)

・6月2日:プエルト・リコビエケス島における米軍基地問題および沖縄との比較(於琉球大学、国際沖縄研究所)

 

島嶼地域からの視点から、カリブ海・太平洋・世界の実相を見通すことの重要性がそれぞれ意識されていて、従来の「大国」の国家関係のみで描かれてきた歴史や政治学とは、一線を画しているのがわかります。

 

ただ、「西洋中心主義批判」がどんなに吹きあれようとも「西洋を学ぶこと」の意義自体は無くならないのと同じく、島嶼地域の様々な状況を強いる立場にある/あってきた「大国」の論理も同時にしっかりと追求していくこともまた改めて大切だと感じた次第です。だからこそ、沖縄で西洋史あるいはアメリカ史を学ぶことは、とても意味があることだと思ってます。

 

・・・それにしても、最近英語でのセミナーや研究会が増えてきているので、いいかげん英会話力をなんとかしなきゃと痛感。ツイッターでは文献情報以外に英語学習者のツイートをフォローし、いろいろと学んでいます。近々、近所の英会話教室にも通う予定です。これで担当している「史料講読」での自分の音読も少しはまともになればと思います(学生のほうが、発音が上手なことも多いから、それも勉強になります)。

新ゼミ生の卒論テーマ(大枠)の確定

本日のゼミで、新ゼミ生の卒論テーマの大枠がほぼ確定しました。

 

 概要は以下の通りです。

・1920~30年代におけるアメリカの航空機(産業)関係について

・1930年代前半のナチ政権の確立過程

・ハワイアン・ルネサンス/ハワイ文化復興運動/ハワイ主権獲得運動

 

まずは、これをやりたい!というプリミティブなモチベーションを持つことを重視し、最大限、学生の最初の着想に寄り添いながら、徐々に、具体的なテーマ設定へと進んでいく計画です。ある程度、先行研究があるものに誘導することはありますが。

 

ただ、アメリカ史に関する研究入門のなかに、ハワイ史がほぼ完ぺきに無視されている現状を改めて認識しました。いわんやしかるに、グアム、プエルトリコ、北マリアナ、米領サモアおや、です。「アメリカと島嶼社会」という項目を、アメリカ史のなかにきちんと入れ込むべきか、あるいは、アメリカとは異なる、文化・政治の主体として「独自路線」でいくべきか、これもまた色々と議論がもしかするとあるのかもしれません。

 

でも、やはり基礎は大事なので、基本となる国家に関する研究入門や概説書はしっかりとフォローしておくことは欠かせません。

 

 

 

はじめての共同研究報告

先日の西洋近現代史ゼミで、昨年秋から始動した現4年生(3名)からなる共同研究チームの研究発表会を行いました。

 

テーマは、「歴史のなかの新聞」。開始時に、私から提示したジェンダー、戦争、衣服、食、貧困などのキーワードのなかから、学生自身が「新聞」を選択。「新聞」を共通テーマにして、それぞれ卒論で扱おうとしている時代や地域にひきつけて関連論文を読んでもらい、論理を組み立ててもらうという方針で開始しました。全体の筋道を立てるために、佐藤卓己先生の『現代メディア史』の第1~4章もしっかりと読んでもらい、それも適宜、内容に組み込ませました。

 

結果的に、地域はドイツ・イギリス・フランス、時代は17世紀から19世紀末までと、あまりにも広い範囲を扱うことになってしまい、論点が拡散・希薄化してしまったことは否めないのですが、あくまで卒論のモチベーションを高めるために導入してみた実践であり、専門性よりも、きちんとひとつの「共同作品」をつくることそのものに重きを置いて進めてまいりました。

 

それでも、なんとかがんばって、ストーリーを組み立ててしっかり発表していました。聴衆の2、3年生も積極的に質問してくれて、報告25分・質疑40分の充実した発表会になりました。発表を終えた学生からも、もっと事前の打ち合わせをするべきだった、とか、「おわりに」をまとめるときに、次々と課題や論点が浮き上がってくる、とか、地域や時代をもっとしぼったほうがよかった、などの感想も出してくれて、それなりによい経験になったようです。

 

疑問に思ったことを、文献を通じて自ら調べる、という当たり前の営みを日常的に行ってもらうための壮大な「遠回り」を、専門性もさらに磨きながら、今後も継続していくつもりです。

 

 

 

書評『核の戦後史』を書かせていただきました

ryukyushimpo.jp

 

先日、書かせていただいた書評です。

私が大学院修士まで、実質的な指導教員としてお世話になった西嶋有厚先生(福岡大学名誉教授)からいただいた様々な知見を大いに生かすことができました。

 

『核の戦後史』は、沖縄にいる私たちにも、現代社会の在り方に対する再考を促してくれる書物です。Q&A形式なので、通読せずとも、関心のあるテーマから読み進めることもできます。ちまたであふれ、お祭り状態の「アクティブラーニング」の究極は、「自ら本を読むこと」以外ありえません。ぜひ、手に取ってほしい一冊です。

 

今後、定期的に開設している「核からみた西洋現代史」と銘打った講義も、内容をさらにブラッシュアップさせながら、現代社会に切り込んでいけたらと思っています。なお、西欧諸国による戦後核実験を包括的に扱った書物としてお勧めしたいのは、S・ファース『核の海―南太平洋非核地帯をめざして』(河合伸訳)岩波書店、1990年です。こちらも併せて読まれることをお勧めします。

 

 

 

「熊本地震」被災歴史資料保全活動

siryo-net.jp

 

私の所属する九州歴史科学研究会も歴史資料ネットワークと連携し、2016 年熊本地震による被災歴史資料保全活動への支援募金を呼びかけています。

 

私自身は、日本の古文書を専門的に扱う技術はないので、現地でできることはそうそうなさそうですが、こうした連携の一歯車にはなれるのかなと。また、沖縄における資料保存・管理・修復体制の整備についても、同僚の先生と考えようとしているところです。

 

 

日本学術会議提言「「歴史総合」に期待されるもの」

www.scj.go.jp

 

日本学術会議が、提言「「歴史総合」に期待されるもの」を5月16日に公表しました。

 

「世界史」と「日本史」を融合させた新科目の設定が現在文科省で議論されており、わたくしも参加している「高大連携歴史教育研究会」でも、その内容構成、入試方法、教員養成のあり方などについての検討を進めています。

 

提言の骨子は主に6つ。

(1)時系列にそった主題学習

(2)15~16世紀以降の近現代中心

(3)世界と日本を結びつける

(4)能動的に歴史を学ぶ力を身につける

(5)教員養成と現職研修の重要性

(6)大学入試改革と「歴史総合」

 

今、教員を目指している学生は、この動きをしっかりフォローしないと、実際に将来教壇にたつときに、「新科目って何?」ということになるのは必至。しかし、もっとも緊急を要するのは、教員養成に携わっている大学教員自身が、このような動きをしっかりと理解すること。大学でできること/やるべきことを、戦略的に前倒して、体系的に取り組んでいかないと、教員養成課程の存在意義にもかかわってくることでしょう。

 

また、特に(4)を教育現場で体系化するには、フィールドワークの実施や、展示史料の活用など、地元の博物館・資料館・自治体との連携もきわめて重要になる。したがって、学芸員志望者も、この「歴史総合」の視点をしっかりと理解することが求められる(かもしれない)。地域の文化資源(=観光資源)の発掘という観点では、公務員志望者も、そのスキルを必要とするでしょう。

 

その準備のためにも、現在申請中の学内教育経費「沖縄のなかの世界史」創成プロジェクト(略称)が、採択されれば良いのだが・・・。