We shall overcome- 沖縄と世界史-

琉球大学西洋近現代史(池上大祐)の教育・研究活動ブログです。アメリカと太平洋島嶼地域との関係について、(脱)・(新)・(核の)植民地主義の観点から研究しています。また、沖縄で西洋史・世界史を学ぶ意義・方法について歴史教育実践を通じて追求していく予定です。なお本ブログの記事は、あくまでわたくし個人の意見であり、所属先の方針や考えを代表するものではありません。

研究会を運営することの課題

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-913831.html

昨日は、私が事務局を担当している「東アジア共同体・沖縄(琉球)研究会」の第18回公開シンポジウムが開催されました。内容はとても充実していて、保守を自称する側の論理の在りように迫る報告、辺野古での戦いを熱く紹介してくださった報告、平和一辺倒ではなく、戦争の論理で戦争を抑止するための知恵を模索する報告、日米地位協定普天間基地をめぐる課題と展望を整理した報告、若手による沖縄での活動紹介が披露されました。また、約400名規模の会になり、とても良かったです。

 

ただ、事務局は私の研究室に置かれているため、事前準備業務(掲示物、会計、配布資料印刷、会場下見、各種支払い、会員への案内)は全て一人でやらざるをえません。専従ならまだしも、大学での教育、研究、学内行政事務の合間にせざるを得ないし、長期出張もありますので、電話に出ることすらままなりません(昨年、なんで電話に出ないのか、と叱られたこともありましたが、正直理不尽としか思えませんでした。渡米中でしたし。)。他にも15以上の学会に所属していますので、学外の学会運営業務もこれだけではないのが実情です。何とか、機関誌編集および広報担当、HP更新担当それぞれを別の方にお願いして、とても助かっていますが、どちらも県外在住の研究会メンバーです。

したがって、運営上の当面の課題は、沖縄県内における拠点形成です。持続可能な研究会にするためには、沖縄での定例会というか、運営委員会のような枠組みを作らないと、例えば私が一年間、在外研究で沖縄を不在にするときには、完全に事務機能がストップします。そのような「誰かの献身的な犠牲」の元で維持される研究会は多分先細りするでしょう。

さらに難しいのは、本研究会は、純粋に学術研究をする会ではなく、多くの市民の方とともに歩む、「運動」の性格も持った研究会でもあります。私は社会運動の経験は一切なく、研究の世界しか知りません。本当はもっと研究に集中したいのに、と思っていないわけではありませんが、こういう場に関わることで問題意識が鍛えられるはず、という一念で、ここまでなんとか乗り切っています。今回は無事成功しましたが、その分会場費等にも多く費やしています。マッチポンプ的な運営といっても過言ではない状況です。これまでのようなペースで「公開シンポジウム」を開催するということについては、そろそろ考え直さないといけないなぁと個人的に感じている次第です。

 

色々と考えさせられた数ヶ月でした。ちょっと、この場で吐き出させてもらいました。

 

2019年度共同研究テーマの決定ー伊江島

昨日のゼミで、今年の共同研究テーマが決まりました。「伊江島からみた世界史ー戦争・基地・平和(教育)実践ー(仮)」といった感じになりそうです。

平和教育の観点から沖縄戦、米軍基地問題をテーマにしたい、というゼミ生たちからの積極的な意見があり、それらが凝縮した地域として伊江島を候補に挙げ、そこを「定点観測地」としました。

例年はGW前後までは卒論の基礎作業に集中してもらい、共同研究テーマは6月あたりに決めていたのですが、夏(9月)のフィールドワークまでに、ある程度何を見に行くべきか、どんな情報を集めるのかを固めておきたい、ということになりました。フィールドワークを秋以降にずらすことも考えましたが、予定が立ちそうもなく、ゼミ生と相談してGW前にテーマを決めておこう、ということになりました。

3年次にとっては、本格化しはじめた卒論と同時並行で進みますが、今年は、院生(サポート役)や研究生もいますし、ゼミ所属を希望する(と思われる)2年次にも加わってもらえれば、助かるなぁと思っています。

あと、今年はもっと沖縄県公文書館を活用して、米軍側の一次史料も扱うことができれば、と考えています。

試行錯誤しながら、今年も学生たちととも学びたいと思います!

 

 

西洋史歓迎会@牛角

今日は、西洋史研究室(中世史、近現代史合同)新3年次歓迎会を大学東口近くに新オープンした「牛角」さんで開きました。学生の生活圏も北はうるま市、南は糸満市とバラバラなので、週末に開く場合には場所にいつも悩むのですが、迷ったときは琉大近辺ということにしています。車移動の学生が多いので、ここ最近はアルコールなしの宴会になりつつありますが、今日は肉を食べるぞ!という目標さえあれば、それはそれで楽しい会になります!

 

昨日のゼミは3年次の春休み中の課題だった文献リサーチ状況報告で、だいたい以下のような方向に定まりつつあります。

・1950年以降のアメリカにおけるフェミニズム運動とレズビアンの関係について

ホロコーストアウシュヴィッツをめぐる戦後ドイツにおける平和教育/歴史教育/記憶継承について

特に後者は、ちょうど今年の歴研現代史部会でのテーマとも関わるので、色々情報を集めておこうと思います。

 

新大学院生は、ドイツの青年保守派メラー・ファン・デン・ブルックに注目し、彼が構想した社会像とは何だったのか、それが第一次大戦からヴァイマル初期にかけてどういう思想潮流の中にあったのかを考察する予定です。僕もドイツ語文法の習得頑張ります!

 

           ☆

 

…肉と向き合いすぎて、すっかりみんなの写真を撮り忘れてしまいました。ありしからず。

2019年度西洋近現代史ゼミのスタート!

今日から2019年度のゼミがスタートしました!

早速4年生には、洋書の収集状況について簡潔に報告してもらいました。英語論文の他、研究対象とする時期当時(1920年代のハワイ)の新聞資料も懸命に読み進めているようで、日本語の新聞とはいえ、一次史料(厳密には同時代資料)を読み解くのはとても大切です。進捗が楽しみです。

 

3年生(第6期メンバー)は2名加入しました(うち1名はすでに中核的メンバーとして2018年度の共同研究で獅子奮迅の活躍をしてくれました)。それぞれ、ジェンダー史(対象はイギリスかアメリカ)、教育とユダヤ(教/人/社会?)との関係について関心があるとのこと。今後、具体的にテーマを絞っていきます。

 

また、今年は中国からの研究生を初めて受け入れました。今のところ、アメリカの外交政策と沖縄との関係について関心があり、院進学も希望しています。中国の大学では日本語専攻だったことから、歴史学の基礎から鍛えていく必要がありますが、日本での生活が初めてであることや、まだ日本語会話力も十分ではないことから、まずは日本での生活に慣れてもらえればと思います。熱心な学生なので、ゼミ活動を通して色々吸収して欲しいですね。

 

そして、今年も共同研究「沖縄のなかの世界史発掘プロジェクト」をやります。ゼミ人数次第で、できる/できない、もあるのですが、どういうテーマを見つけてきてくれるか楽しみです!

 

いろいろ買っちった…。

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来週から講義がスタート。ジュンク堂に行くとついつい買ってしまいますね…。

今年の共通教育科目「西洋の歴史と文化」は例年の西洋近代現代史通史から変えて、アメリカ史(テーマ史)を行います。米領島嶼地域も視野に入れた構成にし、理解が深まるような問いを考えて、ディスカッションも積極的に取り入れたいと思います。

歴史学の専門科目「西洋史史料講読ⅴ」では、昨年に引き続き、アフリカン・アメリカン反核運動についての英語文献第4章の翻訳を行います。いよいよキング牧師が登場します。

あとは、1年次の基礎演習、教職志望者のための応用演習、いくつかのオムニバス授業(平和論、メディアと英語)への出向もあって、いろいろバタバタ…。

大学院の講義「西洋史学特論Ⅱ」では、ドイツ現代史専攻のゼミ生の研究テーマ(ヴァイマル期の青年保守派について)に関連させて、世代論、「1968年(1960年代)」の意味、保守主義の系譜などを扱ってみるつもりです。

 

…校務関連、学会運営の仕事も次々と増える一方ですが、共同研究のようなクリエイティブな話を頂くと、やはりワクワクします。前学期、なんとか乗り切っていきたいと思います!

 

奪われた野にも春は来るか

先日20日、4年次生を無事送り出しました。

恒例の『西洋史ゼミ論集』第4号とネーム入り万年筆をゼミ卒業生へ。逆に卒業生からも、ネーム入りボールペンをいただきました。日頃から「書く」ということから目を背けなかった彼ららしい贈り物で、大切に使いたいと思います!

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ゼミ卒業生のうち、1名は就職、2名は大学院進学(北大と琉大)、3名は公務員・教採試験再トライという進路です。夢半ば、今後も頑張ってほしいと思います。

                            ☆

ちなみに「春」という言葉を辞書で引くと、いろんな意味があります。冬と夏の間、青年期、人生の最盛期、色事などなど。加えて『大辞泉』には「苦しく辛い時期を乗り越えた楽しい時期」という意味もありました。「諸国民の春」、「プラハの春」、「アラブの春」のような歴史用語もこの意味でしょう。「新しいことのはじまり」という意味が春には込められていることがわかります。

 

しかし、2011年の春は、多くの土地や命を絶望的なまでに奪っていきました。被災した福島の様子を収録した写真集を出版した鄭周河さんは、その表題を以下のようにしました。

 

『奪われた野にも春はくるか』

 

これは、日本統治によって土地が奪われたことを嘆く詩を1920年代に作っていた抵抗詩人・李相和の表現を鄭さんがそのまま使ったもので、どこに「苦痛の連帯」を見出そうとしたそうです。こうしてみれば、沖縄もまた「奪われた野」であり、ずっと春を待たされているのかもしれない。

 

だからこそ、沖縄で西洋史を学んだことの意味を卒業後にも考え続けて、他者の苦痛や悲しみを共有しながら、卒業生それぞれの「春」を見出して欲しいと思っています…ということを、論集の巻末や謝恩会でのスピーチで卒業生に伝えました!

 

このような挨拶にしようと思ったきっかけは、『舟を編む』という物語に触れたことです。やはり、言葉って大事ですね。

 

 

 

グアム大学への行き方(ローカルバスを使う)

現在、グアムに出張中です。グアム大学ミクロネシア地域研究センターでの史料調査、史跡巡検、研究者との交流をコツコツと進めています。明日は、戦跡ガイドツアーに参加する予定です。

 

さて、今回はグアム大学への行き方についてご紹介します。タクシーやレンタカーを使わずに行くためには、地元ローカルバス(Guam Regional Transportation Authorities) を乗り継ぐ必要がありますが、その情報は、日本語の旅行ガイドには一切出て来ません。おそらく、観光客の利用を避けるためなのかもしれません(観光用バスより安いので)。実際、乗客は地元の方々のみで、私のように観光客っぽいアジア人が乗るのは、私自身ほかに見たことがありません。したがって、この記事は決して観光客の利用を促進する目的ではなく、学術的な目的でグアム大学に行く必要がある方に向けたものであることをご理解ください。

 

まずは、「JPスーパーストア」というお土産屋の前から、午前7時56分の”Blue Line Express”の便に乗ります。ちなみに、ここにはバス停の印は一切ありません。

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ここから、約30分かけて、ハガニアのバス乗り継ぎ地点に向かいます。それがここです。奥には、ハガニアショッピングモールがあります。

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ちなみにバスはこんな感じです(新しい車体)。

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ここで1時間、のんびり待って、9時30分発のグアム大学を経由する“Red Line”に乗ります。あちこちと立ち寄るので、グアム大学に到着するのは、約一時間後の10時30分ごろです。合計、二時間半かかります…。 

 

帰りは、グアム大学構内のフィールドハウス前がバス停になっているので、午後3時56分の便に乗りました(この後には、あと二本くらい便がありました)。

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そして30分後の午後4時半ごろに、ハガニア乗り継ぎ地点へと戻ることできます。なお、ローカルバスは巡回ルートになっているので、上り、下りの概念はありません。

 

ハガニア到着後は、ハガニアショッピングセンターに移動して、観光用バス「赤いシャトル」を駆使して、ホテルに戻ることになります。まずは、「ショッピングモールシャトル」に乗って、ハガニアショッピングセンター→GPO(グアムプレミアアウトレット)へ。ここから、「タモンシャトル北廻り」に乗りかえて、タモンホテル地区を北上して、JPスーパーストア前で降りる、という流れです。もちろん、ハガニアで1時間待てば、朝に乗った“Blue Line Express”に乗っても戻れるのですが、極力観光用バスを使うようにしています。安いからといって、地元の生活手段に土足で入り込むことはやはり控えるべきではないのか、というのが今の私の考え方です。

 

ちなみに、ローカルバスは、どこで降りても一律1ドル50セント(昨年より50セント値上がりしてました)。観光用バスは4ドル(1日乗車券は12ドル)。

 

まあ、左ハンドルを苦にしない方は正直、レンタカーをお勧めしますけどね。わたしにはまだその勇気がなくて…。