We shall overcome- 沖縄と世界史-

琉球大学西洋近現代史(池上大祐)研究室の教育・研究活動の記録ブログです。アメリカと太平洋島嶼地域との関係について、(脱)・(新)・(核の)植民地主義の観点から研究しています。また、沖縄で西洋史・世界史を学ぶ意義・方法について歴史教育実践を通じて追求していく予定です。なお本ブログの記事は、あくまでわたくし個人の意見であり、所属先の方針や考えを代表するものではありません。

翁長知事の訃報に寄せて

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この数日間の激動に、私自身の思考がまだ追いつきません。「売国奴」「中国の手先」呼ばわりしてきたネトウヨたちは、翁長知事の死を嬉々として喜んでいる言説を吐き出しているそうです。これが日本という社会の惨状です。

 

当然、翁長県政を神格化する必要はありません。実際に、辺野古新基地承認「撤回」が遅すぎで「間接的に新基地建設に加担している!」という批判(表現のえげつなさはともかくとして)も多く目にしてきたし、理屈としては私も分かっているつもりです。それでも、今朝の沖縄タイムスの記事で紹介されていましたが、「朽ち果てた手綱で6頭の馬を操っているようなもの」という蔡倫の言葉で「政治」を例えた翁長知事のこれまでの歩みに、沖縄にきたばかりの私は勇気付けられてきましたし、沖縄の歴史の重さへの自覚のなさを反省させられてきました。

 

ツイッターなどのSNSでも全国の研究者やジャーナリストたちも追悼の意を表明し、民主主義を貫く姿勢の大切さを翁長知事の生き方から見出そうとしています。ただ、翁長さんが「知事になった」のではなく、「知事にした」のは県民の皆さんの意志です。つまり、我々市民の意志で民主主義を作るということを貫くことができる(仲井真のときのように裏切られる可能性もありますが)、という原点を今一度確認する必要があると思います。

 

今こそ、翁長知事の訃報を悼んでくださっている全国の市民一同は、自分たちの足元(各地域・選挙区)で、あるべき民主主義を見出して欲しいと思います。翁長知事を神格化・ヒーロー化する必要はありません。我々市民の意志で、民主主義を貫いてくれそうな人を地方行政・国政に送り込む、という基本に立ち返りましょう。

 

まだうまく言葉にできませんが、すくなくとも「国民に主権があるのが間違い」という人間、「ナチスの手口を真似ればよい」という人間、「LGBTは生産性がない」という人間が国会になぜ存在できるのか、ということをちゃんと考え直したいと思います。