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~<沖縄のなかの≪世界史>のなかの沖縄≫~

琉球大学西洋近現代史(池上大祐)研究室の教育・研究活動の記録ブログです。アメリカと太平洋島嶼地域との関係について、(脱)・(新)・(核の)植民地主義の観点から研究しています。また、沖縄で西洋史・世界史を学ぶ意義・方法について歴史教育実践を通じて追求していく予定です。なお本ブログの記事は、あくまでわたくし個人の意見であり、所属先の方針や考えを代表するものではありません。

科研費研究会の開催(2017年1月27日)

 

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明日27日に上記内容の科研研究会を開催します。

小笠原群島・硫黄列島という島嶼地域の歴史や社会状況から、透けて見える「帝国秩序」(大日本帝国からアメリカ「帝国」へ)の論理とは何か。そしてその論理に埋もれてきた人々の声とはどのようなものか。西洋史、アメリカ史という枠にとらわれない自由な発想と、現代的問題関心によって新たしい知見を得たいと思います。

 

この科研では、私はグアム(やマリアナ諸島)における戦争記憶とアメリカ統治との関係について研究する予定です。目下、1960年代の南太平洋戦没者慰霊費建立をめぐってアメリカ・グアム・日本三者の(政治的)意図がどのように絡むのかを明らかにする予定です。

2月末には、一週間ほどグアムへ調査に行く予定です。昨年に「グアム博物館」が再建されたので、そこにもしっかりと足を踏み入れたいと思います。

 

書評『新しい日米外交を切り拓く』

www.okinawatimes.co.jp

 

紹介が遅くなりましたが、1月7日の沖縄タイムスに書評を書かせていただきました。

学術書以外の書物を評したのは今回が初めてで、すでに出ている他紙の書評も読みつ、切り口をいろいろと模索しました。まずはきちんと内容に寄り添ってまとめ、それから、本土出身で沖縄在住の現代史研究者という自分の立場から何が言えるのかをなんとか考えてみました。

ここはおそらく、同じ問題意識を共有していると感じたからです。

ぜひ、ご一読されてください。

 

新年スタート

年末年始休暇中に、ただ堰き止めていただけの仕事を粛々とこなしていたら、もう半月が経ってしまいました。今年もなにとぞよろしくお願いいたします。

 

<西洋近現代史ゼミ>

昨年11月末に報告させていただいた学生による共同研究報告「ドイツ商船R・J・ロベルトソン号漂着事件における「博愛美談」再発見ー宮古島・日本・ドイツー」をきちんと活字にするために、基本的な先行研究の整理をゼミで行っています。テキストは以下の4本の論文。

・近江吉明「世界史論の歩みからみた「グローバル・ヒストリー」論」『歴史評論』741号、2012年、50~60頁。

・木畑洋一「歴史学におけるグローカルな視座」『グローカル研究』No.2、2015年、113-120頁。

村井章介「古琉球から世界史へ―琉球はどこまで「日本」かー」羽田正編『地域史と世界史』ミネルヴァ書房、2016年、13~39頁。

・渡辺美季「1872~73年の那覇ーイギリス船べレナス号の遭難事件からみた「世界」ー」羽田正編『地域史と世界史』ミネルヴァ書房、2016年、153~178頁。

一次資料へのアクセスが難しい分、こうした先行研究をきちんと踏まえて、具体的な諸事実を解釈する力を身に着けてもらいたいと思います。今年の3月31日までに、脚注をつけて提出してもらう予定。先行研究を踏まえる、脚注をつける、論文を組み立てるという作業は、きっと1年後の卒論執筆に生かされることでしょう。

来年度も、ひきつづき「沖縄のなかの世界史」発掘プロジェクトは継続していきます。次の具体的テーマは、どうすべきかいろいろ悩み中・・・。ハンセン病、移民、食文化、音楽・・・。新たに入ってくる予定のゼミ生と相談しつつ決めていきたいと思います。

 

<沖縄での「初詣」>

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自宅からやや近い「普天間宮」。琉球八社のひとつで、琉球古神道神が祀られているという。ニライカナイは「異世界」という意味らしい。沖縄民俗の基本くらいは勉強しなきゃなー。

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ちなみに、神社のすぐ裏手は、米海兵隊キャンプ・フォースター。

 

 

外国語を鍛える

西洋史学を志す学生は、どこの国や地域を専攻するにしても、まずは英語の文献や論文をきちんと読むことが土台になります。大学院に進学する場合は、プラス対象地域の言語の習得も必要になります。

 

私はアメリカ史を一応の専門分野としてきたので、英語を徹底的に読み続けてきました。学部生時代に受講した第二外国語のフランス語は、辞書をひたすら使い、時間をかければ、なんとか訳せる程度の力しかなく、ドイツ語は合間にちょっとずつ学習中。3~4年後には、今の日本語力並みに英語を鍛え、今の英語力程度の、独仏語読解力を身に着けたいと思っているところです。

 

それでも私の高校時代の英語の成績は偏差値40でした。まったく長文が読めない、単語がわからない、文法も意味不明・・・。中学時代は得意なほうだったのに、高校に入ると一気についていけなくなり、途方にくれる日々でした。受験勉強をへて偏差値50(ようは平均点レベル)に上げるのが精一杯。なんとか念願の「歴史学科」に入学できて、大っ嫌いな英語はもうさらば!と本気で思っておりました。

 

ところが、大学に入ってから西洋史を専攻することを決意すると、英語がかならずついてくる・・・。大学院に進学した直後は指導教員から、「その程度の英語力じゃ修士論文は書けんぞ」とよく叱られました。それでもなんとか論文や史料を読み続けるうちに、私なりの「読む」ためのポイントがなんとか見えてきました。実はこの2点だけ、だったりします。

 

・5文型を意識する。

・自動詞か他動詞かを意識する。

 

「分詞構文」も「仮定法」よくわかってないまま、とにかくこの2点を意識して、あとは前後関係の文脈で読んでいくと、だいたいは理解できるようになってきました。そのあとに文法書を読むと、「そういうことか!」と後づけで理解できるようになってきました。正しく翻訳するためには文法はもちろん大事です。ただ、それは後からでも身に付きます。とにかく基本は、5文型と自動詞・他動詞の見極めの2点だと今でも思っています。

 

それでも、まだ「話す」「聞く」がてんでダメです。半年前に受けた英会話教室のレベルチェックテストは、筆記レベル8に対し、会話レベル3という格差・・・。ここが目下今の私の課題です。英会話教室のほか、ユーチューバーによる英会話動画配信サイトを参考にとにかく、耳と口で英語に触れることを意識しています。きちんと世界に発信することも研究者の使命ですので(その意味でピコ太郎のPPAPは、大いに見習うべき点があります)。

 

高校時代は、嫌いで嫌いで苦手で苦手で苦痛でしかなかった英語。それでも英語と接し続けられたのは、英語そのものよりも、学問への探求心があったからこそだと思っています。「英語が苦手だから西洋史は無理」という方は、まずは自分の英語力を問うのではなく、西洋史への情熱を再確認してみてください。それでも西洋史を学びたい!という気持ちがあれば、英語は際限なく上達します。読書量は裏切りません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後期授業の折り返し

講義も明日から第8週目の折り返しに。

今年は板書方式をほぼ一切すてて、人数の多い講義形式の授業(西洋史概論Ⅱ)ではPPTを、15名程度の授業(西洋史研究Ⅳ)では有賀夏紀・油井大三郎編『アメリカの歴史』(有斐閣、2003年)をテキストにし、毎回の学生によるレジュメ報告&討議形式を導入して、自転車操業で授業準備を行っています。

 

後者の授業では思いのほか議論も盛り上がっているので、双方向のアクティブ・ラーニングという点で、なんとかできているのではないかと実感。前者の授業も、PPT資料は一切配布せず、目次・年表・図像・地図の4点セットを章ごとに配布し、PPTと私の解説をもとにして学生自身が4点セットを縦横無尽にかけめぐってもらうように工夫しています。ただ双方向というのはまだまだ難しい(私にそのスキルがまだない)。

 

ゼミでは、宮古島プロジェクトが佳境に。来週の学会(若手部会)報告に向けて、レジュメ作成の追い込みに学生たちは奮闘しています。ちょうど「卒論演習」という授業で卒論テーマに関する中間報告をする時期と重なったこともあって、苦労しているようですが、なんとか乗り越えてほしいと思います。スケジューリングの大切さも痛感していることでしょう(偉そうに言っていますが、これは自戒の念もこめておりますい・・・)。

 

・・・それはともかく、西洋史概論で明日から扱う「長い18世紀」がまだうまくまとまらない。今日一日、悩み続けます。

 

 

 

 

アメリカ大統領選後

www.okinawatimes.co.jp

 

先日、人生で初めて新聞の取材を受けました。

事前に最低限の準備はして(久保文明編『アメリカ外交の新潮流―リベラルから保守までー』財団法人日本国際問題研究所、2007年を慌てて読み返す等・・・)、いただく質問に対して、言葉を選び、考えをまとめ、あくまで歴史家として、緻密な政治分析というよりも、歴史的な経緯や流れを意識してコメントしてみたつもりです。

 

もっと理解を深めていくために、現在、渡辺将人著『アメリカ政治の壁ー利益と理念の狭間で』岩波書店、2016年を読んでいるところです(以前、私が『西洋史学論集』にて「新刊紹介」で取り上げた『アメリカ西漸史』の翻訳者)。政権運営や選挙の勝敗は、「玉」(資質)・「風」(外在的な環境)・「技」(周囲の人材)の要因できまるという著者独自の整理や、「利益の民主政」・「利益の民主政」という砂田一郎氏の図式の援用を通じて、分かりやすく現状を分析しています。選挙当日前に読んでおきたかったと少し後悔していますが、それでも学ぶことは多いです。

 

私にとってのアメリカ史研究は、決してアメリカを代弁するためのものではなく、上原專祿が言うように、自分の生活する拠点(=地域)に立脚して、現代認識を鍛えあげるための手段のつもりです。この視点は、世界史のなかに「アジア(日本、沖縄含む)」や「島嶼地域」をきちんと組み込んでいくという認識の在り方にも関わると思っています。

 

グローバルな新自由主義的資本の「暴力」とそれに抗う排外主義的な「暴力」の間隙をぬって、新たな対抗措置を生み出すための知恵が、まさに今必要とされているのかもしれません。

第11回九州西洋史学会若手部会のお知らせ(11月27日開催@福岡)

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きたる11月27日(日)、九州西洋史学会若手部会が開催されます。九州を中心に各地の大学から結集した学生たちが卒論・修論の内容について発表します。私のゼミメンバーは、ちょっと趣向を変え、共同研究として発表させていただくことになりました(2部会ぶちぬきの枠をいただいて恐縮です・・・)。

 

ちょいちょい僕がヒントを出しつつ、学生たちが話し合って設定したタイトルは、「ドイツ商船R・J・ロベルトソン号漂着事件における「博愛美談」再発見ー宮古島・日本・ドイツー」となりました。今、必死に組み立てているようです。学生にとっては、きつい苦行かもしれませんが、よい経験になることを信じて、がんばってほしいと願うばかりです。他の報告論題も、とても面白そうで、こうした同世代たちの報告からも、色々と学び取ってほしいと思っています。

 

(ただ、教員からのメッセージは、なかなか学生には伝わらないものだと痛感することも多く、きっと昔の私も、同じように先生方をやきもきさせていたのだろうと、過去を反省するばかりです・・・。)